電力会社の年収②

どうも、しそです。

今回は、電力会社の年収②についてご紹介します。

(電力会社の年収①の続編です。)

【入社3年目】

平成23年度(平成22年分)

総支給額:3,957,295円

手取り額:2,624,800円

職能等級が上がり、基本給が176,800円となりました。

この頃は若年層と言うこともあって、本人の実力や能力に関係なく、普通に勤務していれば横並びで昇格・昇給します。

(ちなみに、電力業界では20年近くベースアップはありません。)

時間外は、1月から10月の平均で、月45時間程度であったと記憶しています。

11月から12月は研修のため、残業代はほぼ付きませんでした。

よって、入社3年目となりましたが、年収だけで見ると2年目とあまり変化がありません。

【入社4年目】

平成24年度(平成23年分)

総支給額:データなし

手取り額:データなし

基本給について、記録がありませんでした。

また、源泉徴収票が見当たらず、前職の給与担当者に連絡しましたが、現年度を含む3年分しか提出できないと突っ張られました。

課税・所得証明を取得するため役所に向かいましたが、同様に5年分しか記録がありませんでした。

これを機に勉強となりましたが、自身の年収についてこまめに把握したい場合は、源泉徴収票や給与・賞与明細あるいは毎年5月に届く住民税決定通知書をきちんと取っておくこと。

もしくは、5年毎に役所で課税・所得証明を取得しておくことが必要です。

(非課税ですが、取得には1通200円掛かります。)

この年度はプロフィールにもあるように、過酷な研修の末に精神を摩耗した結果、2月末に双極性障害I型(いわゆる躁鬱病)と診断され、トータル123連休の休職を余儀なくされました。

(想像を絶する過酷な研修内容について、後日詳しくまとめる予定です。)

よって、まともに給与が支給されたのは、有休を活用できた3月末までの3ヶ月分のみです。

その後、復職するまでの4月から6月までの3ヶ月少々の間は欠勤扱いとなり、基本給の7割相当が健康保険組合より支給されていました。

(全て、べらぼうに高額な診療代・薬代に消えました。)

闘病中に、福島第一原子力発電所事故をテレビ越しに見た際、電力会社の終焉を肌で感じました。

(当時、民法ではコマーシャルの自粛に伴い、ACジャパンあいさつの魔法。ばかり見続けていてトラウマになったのも、記憶に新しいです。)

【原発が爆発する時代に、絶対的な安定などない。】

これが、今の私の根幹にある思いです。

その後、復職したての7月から9月までの3ヶ月間は、ドクターストップにより時間外の禁止が命じられていました。

後に、最大20時間に解除された記憶があります。

よって、総支給額は2,000,000円台後半から、3,000,000円台前半であったと予想されます。

(新車のローンと重なり、生き地獄を経験しました。もう二度と、自動車ローンは組みません。)

【入社5年目】

平成25年度(平成24年分)

総支給額:3,693,744円

手取り額:2,413,600円

基本給について、記録がありませんでした。

時間外の制限が禁止⇒20時間⇒45時間と段階的に解除され、何とか年収は下げ止まりました。

電力会社の年収①でも多少紹介しましたが、電力会社の賞与計算は少々特殊で、前年度の実績(職能等級や業績考課)がベースとなって翌年度に支給されます。

前年度に休職した結果、実績はもちろん最低ランクで、本来支給されるはずのボーナスも2割から3割のカットでした。

前述の通り、精神的傷病に伴う欠勤(無給休暇の取得)が増えたことが、原因です。

(有休休暇を使い切るほどの長期間休職すると、出勤率が低下し、翌年度の賞与が本来支給されるべき額よりがくっと落ちます。)

このことが大きく影響し、休職する以前よりも、年収は少なくなっています。

 

以上、電力会社の年収②についてご紹介しました。

電力会社の年収③にて、引き続きまとめていきたいと思います。

それでは、また。





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