鬱病との付き合い方①

どうも、しそです。

今回は、鬱病との付き合い方①についてご紹介します。

鬱病とは

今どきはもう説明不要かと思われますが、精神障害の一種です。

生きていても、仕方がない。

趣味・興味がなく、楽しいことなど何一つもない。

週末を迎えても、とにかく月曜日が不安。

夜に眠れず、朝も起きられない。

以上の諸症状の内、一つでも当てはまれば既に鬱病に罹患しているか、将来的に罹患する可能性が高いと考えます。

鬱病発症の要因

電力会社の年収②でも多少紹介しましたが、鬱病を発症した要因とは即ち、電力会社における過酷な研修です。

配電系の電力社員は、入社3年目に配電工事技能教育と呼ばれる、外線工事に関する研修を受けます。

この研修は5ヶ月もの長期に亘り、電柱の装柱解体から始まり、腕金や碍子の装柱。

高圧線・低圧線・架空支線の架線や、変圧器の新設・更新等について、実際に作業を行います。

(電力会社の直営工事では、電柱の建柱までは行いません。逆に言うと、誰一人として、電柱を建てることすらできません。)

また、緊急時の配電線事故復旧を想定し、各種断線復旧や高圧発電機車の接続・操作運転の訓練を受けました。

(先日の北海道胆振東部地震では、ヒーロー気取りで高圧発電機車を派遣したものの、一切使うことなく帰って来たようです。)

研修の本来の目的としては、外線工事施工者を管理する立場にある電力社員が、安全面に関する心得を会得するためのOJTです。

電力社員の攻略法②でも多少紹介しましたが、特に配電系の社員には高卒入社が多く、体力自慢ばかりです。

その中で、モヤシ同然の私は技能はおろか基礎体力も劣り、指導員や他の受講生の目から見ても、明らかな能力不足でした。

当時、電験三種を持っているのは唯一私だけでしたが、現場で座学の能力は全く評価されません。

(むしろ、嫉妬心から格好の煽りネタとなり、火に油を注ぐことが多いです。)

それでも、私は私なりの熱意を持って、研修に取り組んでいました。

その結果、何が起こったのか。

あろうことか指導員は、電柱上で私に足払いを仕掛けてきました。

安全管理を目的とした、教育であるにも関わらずです。

当然ながら、電柱上では胴綱(安全帯)を掛けています。

ある程度の地点で落下は収束しますが、この世のものとは思えない身の危険を感じました。

電力会社を辞めた今だからこそ告発しますが、はっきり言って殺人未遂です。

(本店の人事労務部、見とるか~?この程度のストックはまだまだあるし、場合によっては実名告白も辞さないので、覚悟しとけや~。)

その他にも、ヘルメットの上からではありますが、指導の名のもとにラチェットやモンキーで殴打されることは当たり前。

「お前の情けない姿を、彼女を呼んで見せてやろうか。」等の罵詈雑言も、日常茶飯事でした。

2010年11月より研修を受け始め、3ヶ月も経つころには心身ともに憔悴しきっていました。

毎日、研修を受ける変電所へ向かうまでの間は、指導員とともに高所作業車や荷物を積んだトラックで移動します。

途中の大きなカーブで、指導員もろごと谷底へ突っ込んでやろうか。

通勤途中のバス停で飛び出し、車に轢かれてやろうか。

プライベートでその辺を歩いている際に、幸運にも通り魔に刺されたりしないか。

末期には、そんなことばかり考えていました。

結果としては、2011年2月末、午前の研修を終えた直後、身の震えが止まらなくなりました。

午後になってすぐにタクシーで病院へ向かい、精神科で診察を受けたところ鬱病と診断されました。

プロフィールにもある通り、医学的な正式名称は双極性障害Ⅰ型と呼ぶようです。

気分が落ち込む鬱状態に反し、気分がハイになる躁状態。

これについては、一応治癒した現在でも、腑に落ちない点があります。

人間誰しもが、気分が落ち込むことはあります。

(台風等の極端に気圧の低い時には、その傾向が顕著に現れます。)

辛いことがあっても、それを上回る楽しいことや嬉しいことがあれば、多少の不安を打ち消すことが可能です。

しかしながら、精神科医から見ると、この状態が特に危険だと言われました。

陽から陰に変わるタイミングで、自死に繋がることが多くあるようです。

(電気で言うところの、正弦波の交流電圧に似ています。)

よって、常に一定の精神状態を保つことが、治療の第一方針でした。

(電気で言うところの、直流電圧に似ています。)

向精神薬の投与によって、プラス側にもマイナス側にも転ばぬよう、常に一定の精神状態を保つ。

月に何度も診療所に通い、血液を抜かれて血中濃度を量られる。

心理テストのようなカード遊びや、5分程度の簡単な面談をするだけで、1回あたり5,000円以上の高額な治療・投薬費。

治療中は、向精神薬に人間の三大欲求全てをコントロールされていました。

正直なところ、生きた心地がせず、機械同然の生活を送っていました。

何よりも治療中にストレスが溜まったのは、医師の診察・面談に際し、当時付き合っていた彼女(現在の妻)の同伴を断られたことです。

肉親以外は、絶対に面談に入れない。

それは、当時の一番の理解者であった、妻ですら例外ではない。

全く、理解ができないルールでした。

その他にも、仕事の内容を聞かれて、電力会社の配電と言う職種を、

【電柱関係の電気トラブルの保修、電気工事の設計・施工の管理、図面の審査等。】

と説明したところ、【配電工】呼ばわりされました。

決して、土木工事の職人や外線工事の施工者を貶すつもりはありませんが、精神科医から見た電力社員は、土方と同然であるとの扱いを受けました。

今となっては何も感じませんが、その当時の若かりし頃は、東証一部上場企業のエリートサラリーマンであると思い込んでおり、大変傷付いたことを記憶しています。

(お医者様からすれば、所詮勤め人であるサラリーマンなど、底辺以下の存在でしかないようです。)

 

以上、鬱病との付き合い方①についてご紹介しました。

鬱病との付き合い方②にて、引き続きまとめていきたいと思います。

それでは、また。





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